外の気圧が、じわじわと上がっている。いや、気圧ではない。物価という名の、目に見えない重力のようなものが、街の輪郭を歪めているのだ。ただ立ち尽くしていても、この不気味な重力場が元に戻ることはない。ならば、我々が立っている空間の座標軸そのものを書き換えるしかない。春になると変な人が増える。私もその一人かもしれない、、と時に自戒したりします。
私は、北四番丁にあるわずか数坪の空間を、一つの「塹壕」と呼んでいる。壁の内側で、私は三つの分厚いレンズを通して外界を監視している。孫子の兵法、ウシジマくん、なにわ金融道、ランチェスター戦略これらは啓発書などではない。生き残るための、純粋な幾何学の道具である(多分)
この薄暗い塹壕の中で、私は一本の「シャベル」を握っている。それは鉄でできているわけではない。牛の腸から水分と脂を徹底的に搾り取り、極限まで乾燥させた黒ずんだ塊――「あぶらかす」である。かつて都市の周縁へと追いやられ、廃棄されるはずだったこの臓器の一部は、出汁となり、油となり、具材となる。最前線の泥濘において、最新型のドローンよりも、泥を掘り、敵を殴り、身を守る汎用性を備えた一本のシャベルこそが、最も確実な生存の証明となるのだ。
ふと、店の裏側、陽の当たらないデッドスペースに目を向ける。そこでは、奇妙な代謝が静かに進行している。ゴミ箱へ向かうはずだった米ぬかや卵の殻、煮干しの残骸が、薄暗い寸胴の中で発熱し、土へと還っていく。やがてその土は、2400パーセントという狂った増殖率で生姜を吹き出し、廃材の棚では椎茸がひっそりと細胞を膨張させ旨味を凝縮させている。廃棄物が肥料となり、粘膜のようなキノコや根菜へと姿を変え、再び丼の中へ帰還する。この完全な閉鎖回路。まるで店そのものが、外の世界から独立した一つの巨大な消化器官になったかのようだ。

2026年、創業から20年。一杯のラーメンという名の局地戦を継続している。AIが進化したところで丼の底には、いつだって逃げ場のない現実が沈んでいる。

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