2026年春、仙台のラーメン店で起きたこと。
自家製麺キリンジ|仙台市青葉区二日町|2026年06月
記録として残す。後から読み返すために書く。
2006年12月、仙台・北四番丁に開業して20年になる。仕入れが荒れた時期は何度もあった。リーマン後、震災後、コロナ禍。2026年の春は、それらとは性質が違った。値段が上がるのではなく、物が消えかけた。
発端。ホルムズ海峡が動いた。
2026年2月末、米国とイスラエルによるイランへの軍事攻撃を機に、ホルムズ海峡の通航が事実上困難になった。日本はナフサの約4割をこの海峡経由で調達している。現物が入らなくなった。
3月下旬から、化学メーカーの値上げ・供給制限通知が連日届いた。三菱ケミカル、旭化成、東ソー、三井化学、DIC、東洋紡。PVC、ポリエチレン、ウレタン原料、包装フィルム。4月1日出荷分から、あるいは4月21日から。ダイセルミライズは新規注文への供給を一時見合わせた。値上げ通知ではなく、供給制限通知だった。
容器。3ヶ月分を先に押さえた。
4月3日。原油輸入が3月に前年比3割減という数字が出た。4月以降も不足が確定した。食品トレー大手3社——エフピコ、シーピー化成、中央化学——の公式サイトに供給停止の発表はなかった。在庫で対応中と判断したが、上流はすでに減産に入っている。5月以降が本番だと見た。
当店は容器を3ヶ月分確保した。「飲食店が買い占めるな」という声も出た。それでも動いた。コロナ禍より深刻になると読んでいたからだ。
エフピコはその後、6月1日出荷分から20%以上の価格改定を発表した。読みは外れなかった。
製麺機。潤滑油が消えかけた。
4月13日。新聞に「潤滑油入荷が停止」という見出しが出た。シンナー、エンジンオイルに続いて、オイル系が連鎖的に市場から消えかけていた。KURE5-56も値上がりと入手困難の可能性が出た。
潤滑油がなければ製麺機は止まる。製麺機が止まればキリンジの麺は出せない。昼営業を終えてホームセンターへ向かった。アイリスオーヤマ系のダイシン幸町店。棚は薄かった。まだあった。確保した。
ラップ。棚から消えた。
ラップも同じ流れだ。ナフサを原料とする塩化ビニル樹脂の供給が絞られ、業務用ラップが棚から消えた。スーパーの業務用品売り場には「メーカー欠品中 次回入荷は未定です」の貼り紙が出た。ラップは最終的に35%以上の値上げになった。
丼。釉薬が30〜50%上がる。
4月10日。当店の丼に使う釉薬(ゆうやく)が30〜50%値上げになる見込みと分かった。釉薬は陶器の表面に塗るガラス質のコーティングだ。色と質感を決める。値上げ直前のタイミングで釜入りできた。今の丼の色は、そのとき確保したものだ。
インク不足の影響で食品パッケージが白黒化しつつある。Calbeeはすでにパッケージを黒・白2色に限定した。釉薬も同じ方向に動く可能性がある。色付きの釉薬が使えなくなれば、丼の見た目が変わる。
ナフサ。旭化成が「6月末」と言った。
4月16日。旭化成がナフサ調達の目処は6月末と明言した。ナフサは平時の2倍に高騰していた。シンガポールのスポット価格は紛争発生前の約588ドル/トンから1,000ドル台を突破。汎用合成樹脂の取引価格は前月比3割上昇。台湾・韓国・中国の石化メーカーが相次いでフォースマジュールを宣言し、アジア全域で原料の現物確保が困難な状態が続いた。
食品トレー問屋から「今買える時に買え」という通達が届いた。4月から配送遅延、GWには一部入荷停止。5月以降は値上げ確定。
第一生命経済研究所の試算では、このナフサショックが消費者物価を年間で+0.6〜+0.8%押し上げると予測されている。国民生活産業・消費者団体連合会(生団連)の4月27日の緊急調査では、食品・飲料メーカーの4割がすでに打撃を受けていることが確認された。大手が吸収しきれないコストは、必ず中小の現場に時間差で降りてくる。
肉。鶏と豚の価格が逆転した。
5月。鶏もも肉が154円/100gで2003年以降の過去最高値を更新した。飼料価格の高騰が主因だ。一方、豚こま切れ肉は国産で149〜159円、輸入物なら130円台も出た。鶏が豚より高い。当然だった序列が崩れた。
キリンジはあぶらかすを使う。牛の腸を原料とする。鶏・豚・牛、三つのコスト構造が同時に動いている春だった。
お茶。緑茶が200〜350%上がった。麦茶は別の話だ。
6月1日から、緑茶・ほうじ茶が大幅値上げになった。近所のスーパーに「各種緑茶製品 約200〜350%値上げ」の貼り紙が出た。数字が間違っているように見えるが、間違っていない。
原因は世界的な抹茶ブームによる茶葉の争奪戦だ。欧米・アジアで抹茶需要が急拡大し、国内産地が対応できなくなった。鹿児島県茶市場では一番茶・秋冬番茶ともに2024〜2025年にかけて垂直上昇している。ほうじ茶も同じ茶葉を原料とするため、同時に上がった。
当店は麦茶を使っている。麦茶の原料は麦だ。茶葉ではない。今回の茶葉争奪戦は直接関係しない。
自家栽培。椎茸は店で育てている。
仕入れが荒れる時期ほど、自分で作れるものの価値が上がる。当店は椎茸を店内で自家栽培している。菌床栽培で、棚に並んだブロックから直接収穫する。太陽代はゼロ。電気代と水だけでいい。
自家製麺も同じ発想だ。外から麺を買えばコストは読みやすい。だが自分で打てば、素材の品質を直接コントロールできる。キリンジの20年は、できるだけ自分の手の届く範囲に置くという選択の積み重ねだ。
なぜ今、世界の金がAIに向かうのか。
これだけのコスト圧力が食品・飲食に押し寄せている同じ時期に、Anthropic・OpenAI・SpaceXが相次いで上場を目指しているという報道が出た。Anthropicの目標時価総額は約160兆円。トヨタの現在の時価総額(約45兆円)の3倍以上だ。
理由は単純だ。製造業・物流・農業・飲食——あらゆる産業で人手不足と原材料高騰が同時進行している。コスト増を吸収する手段として残っているのは自動化と効率化だけだ。その中核にAIがある。だから資金が集まる。
茶葉不足も、潤滑油不足も、包材不足も、根は同じだ。地政学リスクと資源制約の中で、人間の手だけで回す産業構造が限界に近づいている。AIへの投資は、その「次」として世界が選んでいる方向だ。
ラーメン屋がそれに乗れるかどうかは別の話だ。ただ、世界のどこにお金が動いているかを知ることは、仕入れの判断と無関係ではない。
現在地。
価格は据え置いている。
容器は確保した。潤滑油も確保した。釉薬も確保した。椎茸は自分で育てている。麺は自分で打っている。できる手は打った。
上流で起きていることは、時間差で下流に来る。その時間差を使って、次の手を考えている。値上げするときは、この記事を更新する。夏は電気代か?
2006年12月開業。2026年で20年。
ずっといろいろある店だ。
自家製麺キリンジ
あぶらかすラーメン・カスラーメン・自家製麺
📍
仙台市青葉区二日町15-15 第二石原ビル101
🕐 11:00〜14:00 / 17:00〜20:00(木曜定休)
🌐 jikaseimenkirinji.com

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