湯気を上げる寸胴鍋の前で、当店は今日も麺を茹でている。 ここは青葉区二日町、東北大学病院のすぐだ。うちの店「自家製麺キリンジ」は、ある建物から近い飲食店だ。


その建物の名は「ホテル木町」。
今はもう解体されて更地になり、コンクリートのマンションに変わってしまったが、私の脳裏には、あの黒ずんだ外壁と赤茶けた鉄格子のようなベランダが今もこびりついている。
ここは、金と欲望、そして人間の業が渦巻いた、反社会勢力が全種類揃っていた、現代の「魔窟」だった。もしこの街の裏面史をドラマにするなら、間違いなくここが舞台になる。
ウシジマくんも、地面師たちも、なにわ金融道も青ざめるような、リアルな地獄がそこにはあった。フィクションではない。リアルだ。。。

一番近くでドンブリを出していた俺が、その狂宴の顛末を語ってやろう。
第1幕:華麗なる誕生と、血の匂い
始まりは1977年4月。 1階から3階をホテル、4階から7階を分譲マンションとする、当時は珍しい形態で産声を上げた。パンフレットには「東北初の高級ホテル分譲」の文字が躍り、東北大生の下宿やセカンドハウスとして持てはやされた。
だが、華やかな時代は長くは続かない。狂気の歯車が回り始めたのは1997年3月のことだ。 1階のフロントで、若い従業員が殺害される凄惨な事件が起きた。血の匂いが染み付いた建物は、やがて急転直下で転がり落ちていく。1999年1月、運営会社が経営破綻し、ホテルはひっそりと息の根を止めた。
第2幕:群がる魑魅魍魎と「架空老人ホーム」
ホテルが死んだ後、そこはハイエナたちの餌食となった。 2002年、宿泊用だった部屋まで競売にかけられ、すべての部屋がバラバラに売り飛ばされたのだ。所有者は県内外に100人以上に膨れ上がり、その登記簿には実態不明のペーパーカンパニーや、反社会的勢力の名前がズラリと並んだ。

まさに「地面師」たちが喜んで飛びつくような、複雑怪奇な権利のパズルが出来上がったわけだ。
そこに目をつけた詐欺師たちがいた。2000年代初頭、「エンゼルライフあおば」と名乗る架空の老人ホーム事業がでっち上げられた。コンサルタントを名乗る男たちが「ホテル木町を改装する」と謳い、首都圏の投資家たちから出資を騙し取ったのだ。誰も住まない廃墟は、マネーゲームの巨大な装置として機能していた。

第3幕:無法地帯~灯るはずのない明かり~
管理組合も存在せず、電気や水道などの設備は朽ちていくがまま放置された。 だが、建物は「空っぽ」ではなかった。不法占拠者たちが勝手に増築、水道管を引き込み、ヤクザ者たちの違法風俗店と国分町から客引きしたハッテン場が営業し、薬物の受け渡し場所、大麻事件の拠点になった。
まさにそれは、法治国家のど真ん中、小学校の目と鼻の先に現れた異様な【仙台の九龍城砦】だった。
警察や行政も事態を把握していたが、「居住権」という法律の盾に守られた不法占拠者を排除することはできず、管理組合もないため指導すらできない。


誰も手出しできない完全なる「治外法権」のドヤ街【東北の西成】が完成していたのだ。

夜、店じまいをして帰宅途中、誰もいないはずの廃墟の窓に、ぽつりと明かりが灯っていることがあった。幽霊なんかより、あそこに巣食う「生きている人間」のほうがよっぽど恐ろしかった。
第4幕:立ち上がった「老いた地上げ屋」たち
この絶望的な膠着状態を、警察でも役所でもなく、有志たちがブチ壊した。 2018年7月、ついに管理組合が設立され、同意取り付けに奔走したのは、現役を引退したバブルで踊った元「地上げ屋」を自称する男たちだった。
反社が占拠し、権利者が散り散りになったこの物件で、2019年秋に5分の4以上の解体同意を取り付けるなんて、並の神経じゃできない。一部の権利は自ら買い取り、不法占拠者の立ち退きまでやってのけた彼らの執念は、まさにどこかで見たような映画の主人公そのものだ。
そして2021年6月、ついに解体用の重機がホテル木町に牙を剥いた。20年以上もの間、街のど真ん中に居座り続けた怨念と欲望の塊は、轟音とともに瓦礫へと変わっていった。同年12月頃には、跡形もなく更地になった。

エピローグ:跡地に残るもの
今、自家製麺キリンジの近くにあったあの巨大な廃墟の跡地は、ただのアスファルトのマンションになっている。隣の敷地では巨大デベロッパーの18階建ての新しい賃貸マンションの建設も進んでおり、2027年には完成予定らしい。平和な景色だ。
あの禍々しいオーラを知る者も、徐々に減っていくのだろう。
だが、コンクリートの隙間に染み込んだ人間の業や欲の匂いは、そう簡単には消えない。俺は、あの狂騒を眺めながら一番近くで営業続けてきた。だからこそ、ここで出すラーメンには、ただの醤油や豚骨じゃない、人間の生々しい「業」のスパイスが効いているのかもしれない。
興味があるヤツは、ホテル木町の跡地を眺めてから、うちのラーメンを啜りに来てくれ。人間の欲望の果てを味わうには、最高の記憶のロケーションだと思っている。


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